竹久さんが、我らのぢんさんを分析してくださってます!
【再調査①】心屋仁之助と資本主義社会の盲点
ほおおおおおおおすっげ!!
自分がどうして心屋さんにハマってしまったのか、今のぢんさんがどういう状態なのか、ものすごくスッキリと理解できました。
「ああ…なるほどな…こりゃあなっちゃうわ、信者に……orz」て感じです。
元信者さんも現役信者さんもぜひ読んでみてください。
そして一方、今日のたこわさは非常にイヤな話をします。
これまで「自分がレベル1なのを認めろよ」とか「全部あなたのせいなんだよ」とかヤなことをいろいろ言ってきましたが、きっと今回が一番ヤな内容だと思います。
でもどうしても言わないわけにはいかないから仕方がない、性格悪いと嫌うなら嫌え(;∀;)
と言いつつ、ちゃんと言葉で説明できるかちょっと自信がないのですが。笑
まあ一般向けな内容でもないので、ピンと来なかったらスルーしてください。
まず、いまネット上にいる教祖さんは、元々は我々と同じカモ仲間でした。
でも彼らは現実の自分をどうしても見つめることができず「俺は本当はすごいんだーーー」と叫び続け、自信の無さを他人に埋めてもらおうとして、がんばる方向を間違えました。
がんばる方向を間違えて間違えて、自分から逃げて逃げて逃げぬいた挙句に闇堕ちしたカモが、教祖と呼ばれる人たちです。
彼らは搾取される側から搾取する側になり、注目してもらうため、自分の心を満たしてもらうために、他のカモたちを甘い言葉で誘います。
さて一方、大勢のカモたちはそこまでがんばりぬくエネルギーも根気も持ち合わせていません。笑
でもやっぱり自分と向き合うのは嫌です。そこで自分で自分を見ずにいさせてくれそうな何かを、ネットや本屋で毎日探します。
そこに教祖カモたちの本やブログが目に入ると「しめた!」と思います。
コイツをずっと見ている間は、自分のことを見なくて済みそうだ。
自分のことを見て欲しい教祖カモ。
自分以外の見る対象がほしい信者カモ。
お互いのメリットがガッチリかみ合って、依存関係ができあがります。
信者は、注目したりキャーキャー言ったりお金を差し出したりして、教祖の欲望と心の空虚さを満たしてあげます。
教祖はその見返りに、信者たちが現実の自分を見なくて済むような都合のいい言葉や自分の甘さを正当化してくれる理屈、信者同士で現実から逃げて「私たちって他と違うよね! 私たちの方が他の人間たちより分かってるよね!」と互いに確認し合えるような箱庭を用意します。
教祖は信者を食い物にしますが、実は信者も教祖を食い物にして、自分の都合の良いように利用しているんです(・ω・; )
時代の流れなのか、教祖さんたちの箱庭はどんどん崩壊していってます。教祖さんたち自身も限界がきているようです。
でも、教祖ブログにコメントしつづける信者さんたちは、そんな厳しい現実をまるで無視して、箱庭が永遠に続くかのように騒いでいますね。
単純に客観視する視点がないというのもあるでしょうが、おそらく教祖にいなくなられると都合が悪いから、あえて気づかないでいるんじゃないかと思います。
「ぢんさんの言う通りにしたら幸せになれましたー!」
「ぢんさんを信じてたら変われましたー!」
と叫んで、ぢんさんや信者仲間から「やったね!」「すごいねー!」と認められていれば、何も考えずにすみます。
「私はこのままでいいんだろうか」
「私って実はただのブスなババアなんじゃないだろうか」
「私に何か非があるんじゃないだろうか」
なんて背筋が寒くなるようなことを考えなくてすむんです。
(※記事の途中ですが、不適切な発言があったことをお詫びいたします。)
そのためにも、教祖にはがんばりつづけてもらわないと困るんです。
もし心屋さんが何かの拍子にいなくなったら、信者さんたちはまた別の教祖というカモを探して、ネットや本屋をさまようでしょう。
自分の食い物にするために。
心屋さんや教祖さんにハマって本当につらい思いをした方や、ご家族や友人がそうなってしまって心を痛められている方には、怒られるかもしれません。
「これまで言ってきたことと違うじゃないか」と言われるかもしれません。
そこらへんも承知の上で書きますが、人間はメリットのないことはしません。
信者になった人は騙されたんじゃありません。
自分から騙されていったんです。
洗脳されたんじゃありません。
自分から洗脳されていったんです。
「自分と向き合わなくて済む」というメリットのために。
自分と向き合うくらいだったら、誰かの食い物になって洗脳されてたほうがマシなんです。
教祖と信者は共犯関係です。
信者になってしまった人は、決して「被害者」ではないのです。
長くなったので続きます~。
たこわさは本当にヤなことばっかり言うよなぁ。笑
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